元祖アール・ブリュット!「アドルフ・ヴェルフリ」展が、東京ステーションギャラリーで開催

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アウトサイダーアートの芸術家として知られるアドルフ・ヴェルフリの日本初の大規模な回顧展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」が、丸の内にある東京ステーションギャラリーで開催されています。会期は、2017年4月29日(土・祝)~6月18日(日)まで。シュルレアリスムの画家たちをはじめ、多くの芸術家たちの注目を集めた、ヴェルフリの独創的で奇想天外な作品を“目撃”する絶好の機会です。

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「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」とは?

アドルフ・ヴェルフリ《ネゲルハル〔黒人の響き〕》1911年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵
©Adolf Wolfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

2017年4月29日(土・祝)からスタートする「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」は、アウトサイダー・アート/アール・ブリュットの芸術家として世界的に高く評価されながらも、日本ではほとんど知られていないアドルフ・ヴェルフリの、日本における初めての大規模な回顧展です。初期の作品から晩年に至るまで、ヴェルフリの創作活動を辿ることのできる厳選された74点の作品が一堂に会します。

スイスの首都ベルン近郊の貧しい家庭に生まれたヴェルフリは、1895年に統合失調症の診断を受けたのち、生涯を精神病院で過ごしました。絵画や叙事詩の制作を開始したのは、収容された病院内です。1930年の逝去までに全45冊25,000ページに及ぶ作品を世に送り出しました。
余白を残さず、絵と文字と音符で埋め尽くされた作品は、既存の芸術や美術教育の影響を受けることなく生み出された他に類をみない表現力と、奇想天外な物語性、そして音楽への情熱に溢れています。ヴェルフリは、自分の不幸な生い立ちを魅惑的な冒険記に書き換え、理想の王国を築いて世界征服をたくらみ、音楽監督として作曲に没頭し続けました。彼が描いたのは空想の世界の出来事ではなく、全て真実と疑わない自らの姿を投影したものだったのです。

シュルレアリスムの画家たちなどの注目を集め、現在では偉大な芸術家の一人として世界的な評価を得るヴェルフリ。密にして壮大、エキセントリックにしてファンタスティックな創造力を間近で鑑賞できる絶好の機会となっています。

アドルフ・ヴェルフリとは

自室に積み重ねられた本の横に立つアドルフ・ヴェルフリ、1921年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

1864年に、スイス・ベルン郊外の貧しい家庭に、7人兄弟の末っ子として生まれたアドルフ・ヴェルフリ。酒癖の悪い父は家庭を顧みず、母は病弱で、子どもたちの養育は里子奉公制度に委ねられ、ヴェルフリは里親の元を転々とし、厳しい労働を強いられたり、折檻を受けるなどし、学校に通うこともままなりませんでした。そして11歳になるまでに両親を亡くします。
その後、いくつかの恋愛も経験しますが、うまくいかず、孤独と生活苦に苛まれる日々を送ったヴェルフリ。数回にわたる犯罪の末、31歳のときに統合失調症と診断され、精神科病院に収容されました。

紙のトランペットを持つアドルフ・ヴェルフリ、1926年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

収容から4年後の1899年、鉛筆と新聞用紙を与えられたヴェルフリは絵を描き始めます。最初に取り組んだのは、空想の世界の自伝的シリーズ「揺りかごから墓場まで」(1908-1912)。4年間で2,970頁にわたる物語を紡ぎました。
次に着手した「次に着手した」(1912-1916)では理想の王国を築く方法を詳細に説き、「歌と舞曲の書」(1917-1922)では独創的な音楽づくりに没頭しました。
最後の作品となったのは、自らのレクイエムとして描いた「葬送行進曲」(1928-1930)。2年間で16冊、8,404頁に及びましたが、1930年、腸の病により死去し、完のままに終わりました。亡くなる4日前、涙を流しながらもう絵を描けないことを嘆いたと伝えられています。

そんなヴェルフリの存在が知られるようになったのは、死後から15年たった1945年。フランスの画家ジャン・デュビュッフェによってアール・ブリュットの芸術家として位置づけられ、現在は、偉大な芸術家の一人として世界的な評価を得ています。

展覧会の見どころ

本展では、物語性を持った連作「揺りかごから墓場まで」、「地理と代数の書」、「歌と舞曲の書」、「葬送行進曲」から抜粋した作品が展示。また新聞用紙に鉛筆で描かれた初期の作品や、病院内でクレヨンやタバコなどと交換していたドローイング作品など、全74点が登場します。

初期ドローイング/楽譜

アドルフ・ヴェルフリ《ホテル-シュテルン〔星〕》1905年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

ヴェルフリの診察記録によると、彼がドローイングを描き始めたのは1899年。初期に描かれた作品は200点から300点程と考えられていますが、そのうち現存するのは1904年以降のもので、わずか50点ほどです。
まっさらの新聞用紙に鉛筆で描かれた単色のこれらの作品をヴェルフリは「楽譜(Kompositoin)」と呼び、そこに「アドルフ・ヴェルフリ、シャングナウの作曲家」と署名を入れました。基本的な構成要素は、音符のない線符で、装飾性の高い枠組みの中に埋め尽くされた文章に、物語の情景が描写されています。

「揺りかごから墓場まで」

アドルフ・ヴェルフリ《氷湖の=ハル〔響き〕.巨大=都市》1911年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

「揺りかごから墓場まで」は、全9冊、2,970頁にもなる、ヴェルフリが最初に手がけた叙事詩です。752点の絵画とともに語られるのは、主人公の少年ドゥフィ(アドルフの愛称)が、家族とともに世界をめぐる旅行記。ドゥフィが冒険を繰り広げ、何かを発見したり、危機一髪を見事に乗り越えることで、ヴェルフリの悲惨な子供時代がわくわくするような物語へと置き換えられています。
詩と広載にわたる表によって、散文形式で文章が綴られており、色鮮やかな地図や人物、戦い、破壊、斬劇の場面が描かれています。

「地理と代数の書」

アドルフ・ヴェルフリ《氷湖の=ハル〔響き〕.巨大=都市》1911年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

「揺りかごから墓場まで」で過去を書き換えた後に取り掛かったのは、彼の死後、「聖アドルフ巨大創造物」という王国を築く方法を、実の甥であるルドルフに説く「地理と代数の書」。「聖アドルフ資本財産」を元手に、際限なく増えるその利子で、地球を買い上げ、支配し、やがては全宇宙へと手を広げるという壮大な物語となっています。
「聖アドルフ巨大創造物」は、1916年7月23日に最盛期を迎え、ヴェルフリは、「聖アドルフⅡ世」と自ら名乗ります。

「歌と舞曲の書」

アドルフ・ヴェルフリ《フリードリヒ大王の揺りかごの側で》1917年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

「歌と舞曲の書」は、「聖アドルフ巨大創造物」を祝福曲として、7,000頁以上にわたって作曲した行進曲、ポルカ、マズルカのシリーズをまとめた一冊です。家族、少女、田園風景、快楽、富などをモチーフにした雑誌の切り抜きをコラージュしながら、創造物や願望、さらに、彼の存在を排除してきた世界の全容を示そうと試みました。

「葬送行進曲」

アドルフ・ヴェルフリ《無題(キャンベル・トマト・スープ)》1929年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

全16冊、8,000頁を超える「葬送行進曲」は、ヴェルフリが自らに向けたレクイエムとも言われています。全体を通し、抽象的かつ音声詩の形式による音やリズムが、物語にほとんどとって代わっているのが特徴です。これは、彼の宇宙におけるキーワード、揺りかごという意味の「ヴィーガ」という言葉を組み合わせた呪文のようなもの。果てしないマントラとも言えるでしょう。
このヴェルフリの創作の第5部にあたる「葬送行進曲」は、1930年の彼の死により未完に終わりました。

ブロートクンスト

アドルフ・ヴェルフリ《ヴェイエリアーナ・フォン・デュルシア》1917年
ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵 ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

ヴェルフリの精神科医ヴァルター・モルゲンターラーが「ブロートクンスト(パンのための芸術)」と名付けたドローイングは、1,000点以上描かれたと推測されており、そのうちの750点が現存しています。一部のコラージュを除き、大部分は色鉛筆で1枚ずつ独立したシートに描かれています。ヴェルフリ自身は「肖像画」と呼んでおり、これらのドローイングを色鉛筆やタバコと交換。さらに精神病院の職員や彼の創作を称賛しに訪れる人々に販売していました。

注目ポイントはここ!

4m超の巻物が来日!

ヴェルフリは、多くの作品をノート形式の冊子に自ら綴じていました。中でも注目は、「揺りかごから墓場まで」シリーズに収められた作品「アリバイ」です。全長は486m。緻密にして壮大な絵巻物となっています。

ヴェルフリは、元祖アール・ブリュット!

アール・ブリュットは、フランス語で「生の芸術」の意味。英語で、アウトサイダー・アート(outsider art)とも呼ばれています。フランス人画家・ジャン・デュビュッフェがその提唱者で、正規の美術教育や既存の芸術から影響を受けることなく、極めて高い独自性のもとに生み出された作品のことを指します。
1945年、ヴェルフリの作品を目にしたデュビュッフェは、その独自性を高く評価しました。本展は、そんなアール・ブリュットの元祖とも言えるヴェルフリの作品をまとめて鑑賞できる絶好の機会となっています。

展覧会図録も充実の内容!

この特別展の図録が、図書刊行会から、1月に一般書籍として刊行。監修・服部正氏をはじめとする3名の著書によるテキストから、ヴェルフリの独白による半生の自伝、展示作品74点のカラー図版が掲載されています。日本における初のヴェルフリ画集となっています。西岡勉氏による斬新なデザインも目を惹く1冊ですよ。

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イベント詳細
名称:アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1丁目9-1 東京駅
会期:2017年4月29日(土)~6月18日(日)
開館時間:10:00~18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日 ※ただし5月1日は開館
料金:一般1,100(800)円、高校・大学生900(600)円、中学生以下無料
※ ()内は20名以上の団体料金
※障がい者手帳等持参の方は100円引き(介添者1名は無料)
※前売券は200円引き。3月20日~4月28日まで販売。
公式サイト:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/

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